生活には困らなかった。僕は誠実で快活な少年として存在していればそれでよかった。
僕は一人きりになると、蟻を探すようになった。
道を歩くと、自分の知らない間に何匹も踏みつぶしているであろう蟻にも色んな種類があることがわかった。正直、蟻が羨ましかった。誰に何を期待されるわけでもなく、その命も特に重要視されることもない。その中の一匹がいなくなっても、他の蟻に迷惑がかかるわけでもない。
しかし、僕は蟻の営む生活に興味があったわけではなかった。蟻は小さい。人間の指先に噛み付くこともできない。
そんな蟻の中から特に大きいものを選んだ。
よく見ると顎がしっかりとしていて髪の毛くらいなら切ることができそうに見えた。
僕はその蟻の触覚を二本とも引きちぎった。
触覚が蟻の身体から離れまいとする力を僕の指先のわずかな力が上回った。何かがちぎれるような音がしたような気がした。実際には音が聞こえたわけではない。指先に残った蟻の最後の抵抗が音となって脳に伝わってきた。
僕は、その音を何度も頭の中で再生しながら、その蟻を地面に置いた。
それまで、蟻の動きは何かの意志を持っているように見えた。しかし、触角をもぎ取られたそれの動きは完全にランダムなものとなった。
僕は指先から脳に伝達される音の虜になった。
なるべく大きい蟻を選んだ。その方が指先に残る感覚が強いからだ。蟻を採取するお気に入りの場所ができた。
僕が蟻に期待していたのは、音とその後のランダムな動きだった。
続きます。
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