僕は進学をきっかけに一人暮らしを始めた。
生活費や学費は親に工面してもらっていた。
一人暮らしをしたかったのは、自分のことを知っている人のいないところに行きたかったからだ。その場所では僕に何かを期待する人はいなかった。
僕は誰かが僕に何かを期待している状態から、僕自身が僕に何かを期待する状況になった。そして気付いた。
僕は僕自身に、僕が誰かの期待に応えるということを期待していたのだ。
僕は絶望した。絶望と同時に、何か大きなものに包まれるような、安心と不安が入り交じった感覚に陥った。僕は特別な生物ではなく、街を歩けば何処にでもいる人間になった。それ以来、蟻の音を聴くことはしなくなった。
僕は蟻になったのだ。
僕に生きていく理由はなくなった。それまでは、いつかこの世界のたねあかしがあると思って生きてきた。僕が物語の主人公だったのだ。それが生きる原動力だった。しかし、僕は世界の一部となってしまった。
蟻の群れの一匹となってしまったのだ。
生きていく理由はなくなったが、他人に僕が生きていくことを期待されている状態は続いていた。
僕にはもう、生きていく理由もなかったし、生きているという実感も持てなかった。
だから腕を切った。引きはがされた細胞が元通りになるのを間近で感じて、生きていることを認知するようになった。
続きます。
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